No.00 深夜0時前


 

その日の夜は、無機質な街並みを少しだけ回り道をしながら、ゆっくりと家路についたのでした。


普段眺めているのと同じ、何一つとして変化のないその街は、人の気配はおろか、既にすっかり眠りについてしまっているようで、目の前に連なるアパート群にはぽつぽつと灯りはついていたものの、その場を通り過ぎたタクシー以外に、もはやここには私だけしかいないのではないかと勘ぐりたくなるほど静かで、音ひとつしないと言っても過言ではなかった。冬の平日の夜はこんなにも人の気配がないのだろうか。夜11時を過ぎ、住民たちはすっかり寝静まってしまったのかもしれない。

するとどこからともなく親子連れが現れた。犬の散歩をしながら娘の方が何かを話している。大きな声で恐らく配信で見たドラマの話をしているのだろう。まだ2月半ばだというのにホットパンツにハーフジャケットという軽装で、隣には赤いフリースを着た父親と思しき男性が、適当に相槌を打ちながら話に耳を傾けているように見えた。


なぜだろう、私はふと、その親子であるはずの二人の姿に、明確な「親子」という感情以外の何かを想像してしまったのだ。というよりも、もしこの二人が親子ではなく他人同士だったらどうだろう。恋人同士だったら? 愛人、それとも歳の離れた妹だったとしたら?


そこまで考えた時、父親と思しきその男はその歪んだ気配を嗅ぎ取ったのか、こちらをじっと眺めながら半開きの口元を少し震わせ何かを発したように見えた。

深夜の静寂は何処か気まずい距離感で私とその場の空気を覆い尽くす。


(ああいつもの悪い癖かもしれない)

妄想、paranoid、アンドロイド、 レディオヘッド、エトセトラ......


ほんの数分の出来事ながら、私はそのいつもの景色の中で、幻を見たような錯覚に陥ったものの、それは冬の深夜0時前の、長いようで短い一瞬のすれ違い。多分決して交わることのない、2度と会うことはない者同士が、ゆっくりとその場を交差する瞬間。なんでもない、明日には忘れてしまうことに違いない。


そして犬だけがウウッと小さな唸り声をあげた後、つぶらな瞳を真っ直ぐこちらに向けながら、その後何事もなかったように大人しく尻尾を振っていたのでした。

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